『マキズ・バック・イン・タウン!』/まきみちるMaki's Back In Town!/Michiru Maki

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ>『マキズ・バック・イン・タウン!』 / まきみちる

『マキズ・バック・イン・タウン!』/
まきみちる
Maki's Back In Town!/
Michiru Maki
特別価格
(YKCJ-401)
SSJ 原盤
2005年録音  
>>購入する  

   「若いってすばらしい」のメガヒットで知られる、元祖アイドル歌手 = まき(槇)みちるが、長年にわたって敬愛してきたフランク・シナトラの愛唱歌に挑戦した意欲作。今もっともホットなビッグバンド = エリック宮城オールスター・ビッグバンドをバックに、思う存分歌い上げている。多くの日本女性歌手が持ち合わせていない芯のある歌声は圧倒的だ。
 


1.
Come Fly With Me /カム・フライ・ウィズ・ミー>>試聴
2.
On The Sunny Side Of The Street/明るい表通りで>>試聴
3.
You Are The Sunshine Of My Life/サンシャイン・オブ・マイ・ライフ >>試聴
4.
Too Close For Comfort/トゥー・クロース・フォー・コンフォート>>試聴
5.
Nice 'N' Easy/ナイス・ン・イージー>>試聴
6.
It's All Right With Me/イッツ・オーライト・ウィズ・ミー>>試聴
7.
Here's To The Losers/ヒアズ・トゥ・ザ・ルーザーズ>>試聴
8.
I've Got You Under My Skin/アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン>>試聴
9.
Come Back To Me/カム・バック・トゥ・ミー>>試聴
10.
Teach Me Tonight/ティーチ・ミー・トゥナイト>>試聴
11.
Maybe This Time/メイビー・ジス・タイム>>試聴
12.
After You've Gone/アフター・ユーヴ・ゴーン>>試聴
13.
Mack The Knife/マック・ザ・ナイフ>>試聴
14.
The Last Dance/ラスト・ダンス>>試聴
 

まきみちるとの出会い

 
  まきみちるに初めて会ったのは2004年11月下旬の土曜日の昼下がりだった。シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパンではシナトラの誕生月にあたる12月に毎年大パーティーを行っており、毎回プロのシンガーにシナトラ・ナンバーを歌ってもらっている。シナトラ・ソサエティの会員でもある畏友の後藤順一さんから「来年はまきみちるさんに歌ってもらったら」という推薦があった。不勉強ゆえ「それ、誰?」と応えてしまったが「じゃあ近々聴いてもらう機会を作りましょう」ということで出かけて行ったのが、ピアノ・トリオをバックにお客がスタンダード・ナンバーを歌うハイグレードなお店としてその方面ではつとに有名な東京赤坂のリトル・マヌエラで、ここを借りて行われていたリハーサルだった。  
  到着した時には、慶応大学ライト・ミュージック・ソサエティ出身者による社会人バンドのライトハウス・オーケストラとのリハーサルはもう終局に近づいていたが、「ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」「カム・フライ・ウィズ・ミー」などを聴くことができた。リハなのでまきみちるはある程度流していたが、それでも強い衝撃を受けた。スタンダードを歌う日本人シンガーは多いが、彼女ほど歌に正面から向かって行くシンガーは極めて稀である。歌に芯があるのだ。芯があるということは歌でも演奏でもプロである以上重要な要素だが、日本のシンガーでこの芯を持っている、というか軸がしっかりしている人は実はあまり多くない。2005年12月のパーティーに出演してもらうことを即座に決断した次第である。


次はレコーディング

 
 
 そして2005年の7月。銀座でまきみちるのライヴを聴く機会があった。今回は観客を前にしているから全力投球である。バックはやはりライトハウス・オーケストラで、ビッグバンドの音に負けない力強い歌声に彼女の実力を再確認した。「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」や「明るい表通りで」といったスタンダードの定番に加えて、バリー・マニロウの「スイング・ストリート」も歌うなど、音楽に対する柔軟性も知ることができた。 ステージが終わり話をする機会があったので尋ねると、「スタンダード・アルバムを吹き込んだことはないけれど、いつかはやってみたい。でも具体的なことはまだ何も考えていない」という。「ならばこの機会に」というわけで、それから何度か打ち合わせを行い、9月から10月にかけてレコーディングして完成したのが『マキズ・バック・イン・タウン!』である。 このアルバムはフランク・シナトラへのトリビュートである。日本人シンガーがシナトラの歌に挑戦するにはかなりの勇気が要ることだと思うが、最初に買ったスタンダードのアルバムがシナトラの『カム・スイング・ウィズ・ミー』だったというシナトラ・フリークのまきみちるは、その一本気な性格も手伝ってか、すんなりと挑戦を受け入れた。そして「やるからには最高のものを」と思うのは当然で、本格的なヴォーカル・アルバムにすること、バックはフルバンドにすることで意見は一致。彼女はエリック宮城のバンドとの共演を希望した。そして、選曲や初めて歌う曲の練習とアレンジの依頼などを含めレコーディングまで正味2か月ほどしかなかったが、それらを見事にやり遂げた。好きでない曲、歌いたくない曲を押しつけても感情移入は難しいので、候補曲は挙げたが選曲は彼女に任せた。
  が、1曲だけ注文をつけた。「マック・ザ・ナイフ」である。なぜなら、まきみちるのシナトラ・トリビュートを構想した時、即座に浮かんできたアルバムのタイトルが『マキズ・バック・イン・タウン!』だったからだ。これは「マック・ザ・ナイフ」の1節「マッキーズ・バック・イン・タウン(“Mackie’s back in town”)」から引用したものである。 では、なぜ「まきみちるが戻ってきた!」になったのか?それは彼女のキャリアと大いに関係があるので、(1年前の私のように)彼女をご存知ない方のためにプロフィールをご紹介しよう。

まきみちるのプロフィール

 
 
 まきみちるは大阪で生まれ、幼い頃から父親が大音響でかけるモーツァルトやベートーヴェンのレコードを朝から聞いて育った。歌を教えることを楽しみにしていた叔母がラジオ局の『キスミー ジャズのど自慢』に本人に内緒で応募してしまい、6歳の時ナット・キング・コールの「プリテンド」を歌って史上最年少で合格した。まき本人はプロのシンガーになるつもりはなかったが、16歳で渡辺プロにスカウトされ、槇みちるの名で都内のジャズ喫茶や全国の米軍キャンプでの仕事から入った。レコード・デビューはペギー・マーチが歌ったアメリカン・ポップスの「可愛いマリア」(ビクター)で、TV番組やステージへの出演も始まった。オリジナル曲「若いってすばらしい」をNHKの青春番組『若い十代』の「今月のテーマソング」のコーナーで歌ったところ大反響をよび、1か月延長して歌ったほど。急遽ビクターに吹き込んだこの曲が大ヒットしたことはいうまでもない。槇みちるは一躍トップ・シンガーの仲間入りを果たした。アイドル・シンガーの走りである。
  12歳の頃にジャズが好きになり、アート・ブレイキーに始まって、16歳でマイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスにのめり込んでいった。と同時に、エルヴィス・プレスリーやコニー・フランシス、ビートルズを始めとするポップスにも傾倒し、クリーム(エリック・クラプトン)、ジェームス・テイラー、ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン、バート・バカラック、スティーヴィ・ワンダーと、いい音楽ならジャンルにこだわらず何でも聴いた。そんな中、先生について歌を学んでこなかったまきみちるにとって、フランク・シナトラはいわば歌の先生ともいえる存在だった。いい音楽、好きな音楽を一生懸命聴く一方で、芸能界の水がどうしても肌に合わず、ついには退社を決意し、スタジオ・ミュージシャンとして新たな1歩を踏み出した。本人は「音楽界にいて、自らの意思で決めたのはそれが初めてだった」といっている。

まきみちるトゥデイ

 
 
 そして今日のまきみちる。日々の生活が音楽を中心にまわっていることに変わりはない。コマーシャル・ソングを中心にしたスタジオ・ワークではソロ、あるいはコーラス・メンバーとして活躍しており、この分野では第一人者である。正確に数えてはいないが、今までに吹き込んだコマーシャル・ソングはゆうに2000曲を超えるという。コマーシャルを吹き込む時は事前のリハーサルなどやらないし、むしろスタジオでいきなり譜面を渡されるほうがほとんどなわけで、実力のないシンガーならこれだけの実績を残すことは不可能である。まきみちるは、「スタジオ・ワークは、準備なしでスタジオに入って限られた時間内に高い水準の仕事を求められる。いろいろなジャンルのいろいろなシンガーを聴いてきたことが本当に役に立っている」というし、そこがまたスリリングだという。
  その一方で、ライヴ活動を全くやめたわけではない。気が向いた時にジャズを歌ったりオールディーズを歌ったり、場合によってはコンテンポラリー・ソングと、好きな時に好きな仲間とパフォーマンスを楽しんでいるが、極力回数を絞ってきたので東京や近郊のジャズやヴォーカルのファンでさえ彼女の存在を知る人はかなり限られている。 『マキズ・バック・イン・タウン!』というタイトルには、「マック」に「マキ(まきみちる)」をかけたことと、かつてのアイドル歌手がスタンダード・ナンバーをひっさげて帰って来た、という意味が込められている。
  今回のアルバム制作を機にまきみちるは、「東京はもとより他のエリアでもスタンダードを歌うステージ活動を積極的に行っていく」と宣言している。このアルバムに関わったひとりとして、まきみちるの素晴らしい歌が、本アルバムやライヴ出演を通じて、ひとりでも多くの音楽ファンの耳に届かんことを願っている。
 
 

【 レ コ ー デ ィ ン グ ・ デ ー タ 】

マキズ・バック・イン・タウン! 録音:2005年9月19・23・24・25日、10月6日

まきみちる(vo) with エリック宮城オールスター・ビッグバンド  
編曲:佐橋俊彦、西山健治、平岩善信、直居隆雄
エリック宮城(ldr, tp)、西村浩二(tp)、佐々木史郎(tp)、
小林正弘(tp)、中川英二郎(tb)、松本治(tb)、
パット・ハララン(tb)、山城純子(tb)、近藤和彦(as, fl)、
向井志門(as)、黒葛野敦司(ts, fl)、竹上良成(ts)、
宮本大路(bs)、岩瀬立飛(ds)、クリス・シルバスタイン(b)、菊池ひみ子(p)、直居隆雄(g)





【 曲目 】

(1)カム・フライ・ウィズ・ミー
世界一周をテーマにしたフランク・シナトラのヒット・アルバム(キャピトル)のタイトル曲で、1957年にサミー・カーンが作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲した。まきみちるがビッグバンドとライヴをやる時はこの曲をオープナーにもってくるので、ここでも冒頭に据えた。どうせならシナトラのライヴ盤『シナトラ・アット・ザ・サンズ』(リプリーズ)風に行こうということで、イントロにMCの声が入っている。エンディングではシナトラのもうひとつの持ち歌「カム・ダンス・ウィズ・ミー」の一節を挿入して見事にランディングする。ミュート・トランペットのオブリガートは佐々木史郎。

(2)明るい表通りで
世界恐慌の嵐が吹き荒れた1930年にドロシー・フィールズが作詞、ジミー・マクヒューが作曲しためっぽう明るいナンバー。暗い世相・気分をせめて歌でぶっ飛ばそうというわけだ。ドリス・デイ(コロンビア)、フランキー・レイン(マーキュリーとコロンビア)ほか名唱は数多いが、まきみちるのお気に入りは初めて買ったシナトラのアルバム『カム・スイング・ウィズ・ミー』(キャピトル)に入っていた1961年の録音。

(3)サンシャイン・オブ・マイ・ライフ
スティーヴィ・ワンダーが作詞作曲して、1973年に自身のタムラ盤がビルボード・チャートのトップに立った。まきみちるはジャジーなフレージングでハードにスイングするが、フレーズの後半をヴィブラートなしで伸ばして独特の効果を上げている。

(4)トゥー・クロース・フォー・コンフォート
ラリー・ホロフセナーとジョージ・ワイスが作詞、ジェリー・ボックが作曲した1956年のナンバーで、シナトラの親友サミー・デイヴィス・ジュニアがブロードウェイ・ミュージカル『ミスター・ワンダルフル』に主演して歌い、彼のデッカ盤がヒットした。まきみちるは刺激的でドライヴィングなアンサンブルに乗ってきびきびとスイングする。爽快感溢れる1曲だ。

(5)ナイス・ン・イージー
シナトラが1960年にヒットさせたオリジナル曲で、シナトラの粋を語る上で忘れてはならないナンバー。アラン・バーグマンとマリリン・キース(現在のバーグマン夫人)が作詞、ルー・スペンスが作曲した。女性ではペギー・リーのキャピトル盤がよかったが、まきみちるも大人の歌を聴かせる。

(6)イッツ・オーライト・ウィズ・ミー
コール・ポーターが作詞作曲して、1953年のブロードウェイ・ミュージカル『カンカン』で紹介された。1960年の映画化ではシナトラが物憂げにバラードで歌ったが、その後1984年のアルバム『LA・イズ・マイ・レイディ』(キューウェスト)では驚くほどの急テンポで歌っている。まきみちるもシナトラに負けじとばかり、溌剌とした歌で聴き手に迫る。テナー・ソロは竹上良成、トランペット・ソロは小林正弘。

(7)ヒアズ・トゥ・ザ・ルーザーズ
「ナイス・ン・イージー」同様、まきみちるはこの歌の洒落っ気に魅了されている。ロバート・ウェルズとジャック・シーガルのコンビによる作品で、シナトラが1963年に録音したシングル盤で紹介された。いい唄なのにシナトラの後にレコーディングしたのは往年の人気俳優&シンガーのジェームス・ダーレン(コンコード)ぐらいか。ミュート・トランペットは佐々木史郎。

(8)アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン
コール・ポーターが作詞作曲して、1936年のミュージカル映画『踊るアメリカ艦隊』でヴァージニア・ブルースが歌ってアカデミー主題歌賞にノミネートされた。まきみちるは長年この曲を歌ってきており、完全に自分のものにしている。シナトラの歌を下敷きにしながら、随所に自分らしさをみせる。トロンボーン・ソロは中川英二郎。

(9)カム・バック・トゥ・ミー
アラン・ジェイ・ラーナーが作詞、バートン・レインが作曲して、1965年のブロードウェイ・ミュージカル『晴れた日に永遠が見える』に使われ、1970年の映画化ではイヴ・モンタンが歌った。シナトラはデューク・エリントン楽団と共演したアルバム『フランシス・A・アンド・エドワード・K』(リプリーズ)で歌っているが、まきみちるは昔からペギー・リーのヴァージョン(キャピトル)が気に入っている。

(10)ティーチ・ミー・トゥナイト
1954年にサミー・カーンが作詞、ジーン・デ・ポールが作曲したが、ヒットしたのは1959年になってからで、デ・カストロ・シスターズのABC盤だった。ジョー・スタッフォード(コロンビア)をはじめ女性歌手にいいレコードが多いし女性向きの歌だが、シナトラも採り上げている(『LA・イズ・マイ・レイディ』収録)。まきみちるは、もの凄いスピードで疾走したHの後、一転して思い入れたっぷりにメローに歌い綴る。しかしサミー・カーンがシナトラのために新たに書いた詞で歌う第2コーラスでは、女性とは思えない(失礼!)力強さとスケールで聴かせる。確かな構成力と実力に脱帽。

(11)メイビー・ジス・タイム
1966年にライザ・ミネリのためにフレッド・エッブが作詞、ジョン・キャンダーが作曲した歌で、ブロードウェイ・ミュージカル『キャバレー』の映画化(1972)でライザが歌った。シナトラがステージでしばしば歌ったヴァージョンの方が圧倒的に素晴らしかったが、スタジオ録音は残していない。まきみちるはシナトラへのオマージュとして採り上げた。後半の盛り上がりは尋常ではないが、歌い終わった時には相当にくたびれたという。

(12)アフター・ユーヴ・ゴーン
1918年にヘンリ・クリーマーが作詞、ターナー・レイトンが作曲した古いナンバーで、ルイ・アームストロング(コロンビア)やジャック・ティーガデン(キャピトル)のレコードは、昔の時代の雰囲気が出た名盤だった。まきみちるはコンテンポラリーなアレンジで歌っているが、このアルバムにアレンジを4曲提供した直居隆雄のギター・ソロが冒頭と間奏で聴ける。その他のソロは黒葛野敦司のテナーと菊池ひみこのピアノ。そして最後にリーダーのエリック宮城がハイノートをブローする。

(13)マック・ザ・ナイフ
1928年にベルリンで開幕したオペラ・ミュージカル『三文オペラ』のためにベルトルト・ブレヒトが作詞、クルト・ワイルが作曲した。英語詞は1952年にブロードウェイで上演された際(この時は失敗)、マーク・ブリッツスタインが書いた。シナトラ1984年のヒット曲だが、ルイ・アームストロング(1957年・ヴァーヴ)やボビー・ダーリン(1959年・アトコ)、エラ・フィッツジェラルド(1960年・ヴァーヴ)など昔から名唱は多い。まきみちるはシナトラが ♪With Quincy’s big band right behind me♪ と歌ったくだりを♪With the EM Band right behind me♪ と歌ってエリック宮城(EM)バンドに敬意を表している。トランペットのオブリガートは佐々木史郎、トロンボーン・ソロは松本治。

(14)ラスト・ダンス
まきみちるがこのアルバムを構想した時からエンディング・ナンバーと決めていた、サミー・カーンとジミー・ヴァン・ヒューゼンの作品。大いにスイングしてきたアルバムだが、しっとりと物悲しさを漂わせるロマンティックなバラードで終わる。シナトラが1958年に録音したアルバム『カム・ダンス・ウィズ・ミー』(キャピトル)のラストで歌われたナンバー。



(2006年10月23日 三具保夫)
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