コンサートは、ピンキー・ウィンターズの歌う、ジョニー・マンデルの最大のヒット・ナンバー
「いそしぎ(The Shadow Of Your Smile)」から始まる。この歌は、言うでもなく、1965年のヴィンセント・ミネリ監督、エリザベス・テイラーとリチャード・バートン主演のMGM映画『いそしぎ』の主題歌で、その年のアカデミー主題歌賞に輝いた歌だ。作詞は、ポール・フランシス・ウェブスター。ピンキーは、ゆっくりとしたテンポでヴァースから入りしっとりとした歌を聞かせる。バックでサポートするルー・リーヴィーのピアノが光っている。ルーのソロになり、途中からビルのベースが入ってテンポをアップして流麗なピアノの演奏を披露、ピンキーもセカンド・コーラスではテンポを上げて軽くスイングする。素晴らしい歌と演奏だ。
続く
「ザ・シャイニング・シー」は、1966年の冷戦時代のコメディー映画『アメリカ上陸作戦』の主題歌で、歌詞はペギー・リーが書いている。映画のサウンド・トラックでは、アイリーン・クラールが歌っていた。いなくなってしまった彼を想う、輝く海が好きだった彼、貝殻を集めてくれた彼、ピンキー・ウィンターズの歌は、そんな場面を思い浮かべさせてくれるようだ。彼のところへ行きたい、「アイル・ゴー」という表現に思いがこもっている。ワン・コーラスで歌いきる素晴らしい歌だ。
「クロース・イナフ・フォー・ラヴ」は、1978年のダスティン・ホフマンとヴァネッサ・レッドグレーヴ主演のアガサ・クリスティを主題にしたミステリー映画『アガサ 愛の失踪殺人事件』のクロージング・タイトルで流れたナンバー。ジョニー・マンデルの作品の中では、「いそしぎ」に続いて多くの歌手によって歌われている歌だ。作詞は、ポール・ウィリアムズ。ファースト・コーラスは、ルー・リーヴィーの玉を転がすようなピアノで、その後、ピンキーの「ユー・アンド・アイ、アン・アンマッチト・ペア」という歌になる、静かにしっとりと歌う中に情感がこもっていてエンディングのリピートが効いている。
ここで、ルー・リーヴィーのピアノとビル・タカスのベースのデュオ演奏による
『M*A*S*Hのテーマ』が入る。これは、1970年のロバート・アルトマン監督の朝鮮戦争の時の移動病院を舞台にした同名のブラック・コメディー映画の主題曲だ。ルー・リーヴィーは、力強いタッチで演奏する。
「ユー・アー・ゼア」は、「アトーニー・バーニー」とか「ピール・ミー・ア・グレープ」などのウィットの利いた歌を書いている歌手でピアニストのデイヴ・フリシュバーグが、ジョニー・マンデルの曲に歌詞をつけたペーソスのある美しくも悲しい歌で、ごく最近のデビー・ブーン等多くの歌手が歌っている。フリシュバーグ本人も作詞に大変苦労したが、自身としては、好きな作品に数えている。前記の様にピンキーとジョニーの出会いの記念すべき歌だった。ジョニーは、「ピンキーは、この歌のチャンピオンだ。」といっていたという。マンデルが褒めるだけにピンキー・ウィンターズのこの歌は、大変強い印象を残す。
ピンキーは次の曲
「エルカホン」の裏話を紹介する。「ロスのジャズ・クラヴ“カーメロス”にルー・リーヴィーとサックスのアル・コーンが出演して、2時間の舞台を勤めて戻ってきて一息入れているところへ、ジョニー・マンデルから電話が入り、“今日のアル・コーンは、素晴らしかった。インスパイアーされたので一曲書いた”と言ってくれたのが、この曲だった。ここでは、ルー・リーヴィーの軽やかなタッチのピアノでアル・コーンの印象を描きあげる。ビル・タカスのベース・ソロもフィーチャーされる。アル・コーンは、ピンキーが一番好きなテナー奏者だ。
「エミリー」は、ジョニー・マンデルが作曲、ジョニー・マーサーが作詞した。1964年のジュリー・アンドリュース、ジェームス・ガーナー主演のMGM映画『卑怯者の勲章』の主題歌で、シナトラやベネットなど多くの歌手が録音している、今やスタンダード・ナンバーだ。ここでは、ルー・リーヴィーのスロー・テンポのピアノ・ソロで1コーラス演奏した後、ピンキーの歌が入る。優しさの溢れる感じの歌だ。最後、ロング・トーンで消えてゆくところも印象的だ。
「シナモン・アンド・クローヴ」は、アランとマリリン・バーグマン夫妻と書いたボサノヴァ・ナンバー。ルー・リーヴィーのピアノ・ソロを挟んでピンキーは、軽快に歌う、ここでは、ビル・タカスのベースが活躍する。
続く、
「ア・タイム・フォー・ラヴ」は、1966年のノーマン・メイラーの小説を基にしたワーナー映画『殺しの逢びき』の主題歌。歌詞は、ポール・フランシス・ウェブスターが書いている。ジョニー・マンデルの作品の中では、よく歌われるナンバーだが、ここでは、ルー・リーヴィーのしっとりとした、綺麗なピアノの演奏で聴かせる。プログラムを構成する中で、ルーが是非ピアノで演奏したいというので、歌は省くことにしたという。
「アイ・ネヴァー・トールド・ユー」は、1969年のロバート・アルトマン監督の映画『雨にぬれた舗道(That Cold Day In The Park)』の主題歌。作詞は、アーサー・ハミルトン。「あなたが行ってしまって、初めて、私が、言わなかった言葉の大切さの意味に気がついた」といった自閉症気味の女性と偶然出合った男の関係を描いた悲しい映画の内容を示唆するような、ピンキーの湿り気のある表現力豊かな歌だ。ルーのサポートも特筆ものだ。
「アンレス・イッツ・ユー」は、ブロッサム・ディアリーが『マイ・セレブリティ・イズ・ユー』のアルバムで、スー・レイニーがジョニー・マンデル作品集『クワイエット・ゼア』で歌っていたが、比較的知られていないラヴ・バラード。作詞はモーガン・エームス。ピンキーは、優しく話しかけるようにワン・コーラスで歌いきる。
「ドント・ルック・バック」もあまり歌われないナンバーだ。ジョニー・マンデルが永年の友人で歌手のデイヴィッド・アレン(今回、彼の稀少盤『ジス・イズ・マイ・ラッキー・デイ』も同時発売)の為に書いた曲で、アレンはこの曲をタイトルにしたアルバムを作っていた。作詞は、ケイ・L・ダンハム。ここで、演奏の二人のミュージシャンを紹介して、スローなルー・リーヴィーのピアノの演奏に途中からビル・タカスのベースが入って、テンポ・アップする。ピンキーはハミングから、「心が若ければよい、過去を振り返るのはよしましょう」と言う歌に入る。見事な構成の歌で余韻を残してステージを終える。
最後のボーナス曲
「テーク・ミー・ホーム」は、マンデルの曲にアランとマリリン・バーグマン夫妻が作詞したもので、この録音は、この曲を売り出す為にルーのピアノの伴奏で、マンデルの家で録音されたデモ・テープ。シンセサイザーは、マンデル自身が弾いている。こんな上手い歌手が、何故もっと有名にならなかったか、と 不思議になるほど、素晴らしく説得力のある歌唱だ。