『ザ・ジャッキー・パリス・サウンド』/ジャッキー・パリス  The Jackie Paris Sound/ Jackie Paris

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

topchronologydiscographyfilmographybest 10interviewsSSJ presentsfan clubshopblogmail

SSJ presents shop

misic bird

amazon

天然石 パワーストーン

 

sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『ザ・ジャッキー・パリス・サウンド』/ ジャッキー・パリス


『ザ・ジャッキー・パリス・サウンド』/
ジャッキー・パリス
The Jackie Paris Sound/ 
Jackie Paris
2,800円
 (YKCJ-303)
イーストウェスト原盤
1957年録音 世界初CD化
>>購入する  

  ジャズ・ヴォーカル界の“粋人”のひとり、ジャッキー・パリスの最高傑作を世界で初めて日本でCD化! あまい歌声と独特の粘りをみせるフレージングでスタンダードの数々を歌い綴るジャッキーをサポートする、ハンク・ジョーンズ(p)、バリー・ガルブレイス(g)ら腕達者のプレイも聞き逃せない。前回のリリース以来、30年ぶりの復刻。
 

1. It’s Only A Paper Moon/イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン >>試聴
2. I’ve Got A Pocketful Of Dreams/アイヴ・ガット・ア・ポケットフル・オブ・ドリームズ>>試聴
3. You're Getting To Be A Habit With Me/ゲッティング・トゥ・ビー・ア・ハビット・ウィズ・ミー>>試聴
4. It's A Pity To Say Good Night/イッツ・ア・ピティ・トゥ・セイ・グッドナイト>>試聴
5. I'll Get By/アイル・ゲット・バイ>>試聴
6. This Is My Night To Dream/ジス・イズ・マイ・ナイト・トゥ・ドリーム>>試聴
7. It Could Happen To You/イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー>>試聴
8. We Three/ウィー・スリー>>試聴
9. Until The Real Thing Comes Along/アンティル・ザ・リアル・シング・カムズ・アロング>>試聴
10. This Year's Kisses/ジス・イヤーズ・キッシズ>>試聴
11. Someone's Rocking My Dreamboat/サムワンズ・ロッキング・マイ・ドリームボート>>試聴
12. On A Slow Boat To China/オン・ア・スロー・ボート・トゥ・チャイナ >>試聴
 

ジャズ・ヴォーカルの“粋”を最高のかたちで体現した名歌手

  ジャズ・ヴォーカルの楽しみのひとつは“粋”を聴くことだ。ブルージーな歌やスキャット大会もいいが、節度を保ちながら確かなテクニックで歌い綴る洒脱な歌もジャズ・ヴォーカルの醍醐味を教えてくれる。最近はあまり言われなくなったと思うが、“粋”なジャズ・ヴォーカルはかつて「四畳半的な歌」と形容されたことがあった。しかし四畳半だとどうしても東京の下町、深川あたりを思い描いてしまい、これではちとズレテいると思う。こういった洒脱で都会的な歌が似合うのはニューヨークのマンハッタン、それもアップタウンである。具体的なシンガーの名前を挙げるなら、マット・デニス、バディ・グレコ、ボブ・ドロー、ボビー・トループといったところだが、本作の主役ジャッキー・パリスもまたジャズ・ヴォーカル界の粋人のひとりである。

常にアンダーレイテッドな存在だった

 ジャッキー・パリスは1926年9月20日にニュージャージー州ナットレイに生まれ、幼い時からダンスが好きで、かのビル・ロビンソンの手ほどきも受けたという。その後ギターを学び、1944年から2年間陸軍にいたが、除隊後はニューヨークでギタリスト兼シンガーとしてステージに立つが、チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスと共演するほどの歌唱力を持っていた。1949年にはセロニアス・モンクの作品「ラウンド・ミッドナイト」のヴォーカル・レコード第1号(原盤はナショナル)を吹き込んでいる。
  レコード・デビューは1947年のSP(MGM)だが、リラックスした乗りとやや粘るゆったりとしたスイング感、独特のハスキー・ヴォイス、そしてなんと言ってもワン・アンド・オンリーの洒脱でスタイリッシュな歌で次第に知られるようになっていった。1949〜50年にはライオネル・ハンプトン楽団に所属している。
  21世紀に入っても地道に活動を続けてきたが、その実力と個性に見合った人気と名声を得ることなく、2004年6月17日に79歳で亡くなった。

生涯の大傑作『ザ・ジャッキー・パリス・サウンド』

 ジャッキー・パリスが生涯に残したリーダー・アルバムは10枚ほどしかないが、近年になってようやく日本でもLP化、CD化された『スカイラーク』(原盤はブランズウィック BL-54019)と並ぶ大傑作が、本作『ザ・ジャッキー・パリス・サウンド』(原盤はイーストウェスト 4002)である。
  今回はLP時代から通算して日本では3度目のリリースにあたる。前回が1975年(ワーナー・パイオニア P-6134)だったからもう30年も昔の話だ。それゆえこの名盤の復活を待ち望んでいたファンの方も多いと思うが、CDとしては今回が世界初登場である。

録音データは次のとおり。
(8) (1) (6) (11) : 1957年11月13日、ニューヨーク
    ジャッキー・パリス(vo)、バリー・ガルブレイス(g)、ジョー・ベンジャミン(b)、エド・ショネシー(ds)
(5) (12 )(3) (9) : 1958年2月13日、ニューヨーク
    ジャッキー・パリス(vo)、バリー・ガルブレイス(g)、ウェンデル・マーシャル(b)、ビル・クラーク(ds)
(10) (2) (4) (7) : 1958年2月25日、ニューヨーク
    ジャッキー・パリス(vo)、エディ・ワッサーマン(ts)、ハンク・ジョーンズ(p ※)、ジョー・ベンジャミン(b)、エド・ショネシー(ds)
   ※オリジナルLPではジョン・ジェームスとなっている。

ジャッキー・パリスの記憶によれば、ドラムスはすべてロイ・ヘインズだったというが、今となっては確かめようもない。




【 曲目 】

(1) ロング・アゴー・アンド・ファー・アウェイ
1944年にアイラ・ガーシュインが作詞、ジェローム・カーンが作曲して、ミュージカル映画『カヴァー・ガール』でリタ・ヘイワースによって歌われ(実際にはナン・ウィンによる吹き替え)、同年度のアカデミー主題歌賞にノミネートされた。ディック・ヘイムズとヘレン・フォレストがデュエットしたデッカ盤がヒット。

(2) 時さえも忘れて
 1939年にロレンツ・ハートが作詞、リチャード・ロジャースが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『トゥー・メニー・ガールズ』で紹介された。ミュージカル映画『夜の豹』(1957年)では、プレイボーイのシンガー、ジョーイ・エヴァンスに扮した主演のフランク・シナトラが颯爽と歌っていた。

(3)ハウ・アバウト・ユー
 1941年にラルフ・フリードが作詞、バートン・レインが作曲して、ミュージカル映画『ブロードウェイ』(原題は『ベイブズ・オン・ブロードウェイ』)でジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニーが歌い、アカデミー主題歌賞にノミネートされた軽快なラヴ・ソング。「ぼくは6月のニューヨークが好きだけど、君は?」「ぼくはガーシュインが好きだけど、君は?」と歌われるが、思い思いに言葉を変えて歌うシンガーが多い。ダーリンは「ジミー・デュランテ(大きな鼻が特徴の人気コメディアン)」を「ケネディ(弟のボビーか?)」、第2コーラスで「ガーシュイン」を「(レナード・)バーンスタイン」、「ジミー・デュランテ」を今度は「ダーリン夫人(つまりサンドラ・ディー)」と変えて歌っている。

(4)
ザ・モア・アイ・シー・ユー
 1945年にマック・ゴードンが作詞、ハリー・ウォーレンが作曲して、映画『ビリー・ローズ・ダイアモンド・ホースシュー』(本邦劇場未公開)でディック・ヘイムズが歌った。1966年にはクリス・モンテスのA&M盤がリヴァイヴァル・ヒットしている。今回同時発売の『いつも2人で』のヴィック・ダモンはソフト・スイングしている。ハード・スイングのダーリンと聴き比べるのも一興か。

(5)
イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー
 1924年にガス・カーンが作詞、バンド・リーダーのアイシャム・ジョーンズが作曲してアイシャム・ジョーンズ楽団が紹介して以来、多くのシンガーによって歌われ、1950年代にかけていろいろな映画に使われてきたが、1989年のロマンティック・コメディー映画『恋人たちの予感』のクライマックス・シーンにシナトラが歌うこの曲(リプリーズ盤)が使われ、再び注目を集めるようになった。

(6) ノー・グレーター・ラヴ
 1936年にマーティ・シムスが作詞、アイシャム・ジョーンズが作曲した、高揚感溢れるスケールの大きな愛の歌。ナット・キング・コールのキャピトル盤が模範的な名唱だが、ダーリンも正面から取り組んだ堂々とした歌唱だ。LPではA面の最終曲にあたるが、この曲で初めてバラードとなる。そしてF以降のB面は6曲中4曲がバラードである。

(7)
イン・ラヴ・イン・ヴェイン
 1946年にレオ・ロビンが作詞、ジェローム・カーンが作曲したナンバーで、映画『センテニアル・サマー』(本邦公開未公開)で使われた。クラシックの影響を受けているジェローム・カーンは「歌こそは君」「オール・ザ・シングズ・ユー・アー」のように朗々と歌う名曲が多いが、彼にしては珍しく慎ましやかな佳曲だ。

(8) ジャスト・フレンズ
 1931年にサム・M・ルイスが作詞、ジョン・クレナーが作曲したスタンダード。シナトラはアルバム『ノー・ワン・ケアーズ』(キャピトル)においてバラードとしてしっとりと歌っていたが、ダーリンのようにスイング・ナンバーとして扱うケースもよくある。

(9)
サムシング・トゥ・リメンバー・ユー・バイ
ハワード・ディーツが作詞、アーサー・シュワルツが作曲して、ロンドンで開幕したミュージカル『リトル・トミー・タッカー』で紹介されたが、「アイ・ハヴ・ノー・ワーズ・トゥ・セイ・ハウ・マッチ・アイ・ラヴ・ユ」という長いタイトルだった。現在のタイトルと歌詞になったのは、レヴュー『ゼアズ・ア・クラウド』に使われた時。ダーリンのバラードはこのぐらいのミディアム・テンポがいい。
(10)スカイラーク
 1942年にジョニー・マーサーが作詞、ホーギー・カーマイケルが作曲したポエティックなラヴ・バラード。ダイナ・ショアのブルーバード盤、レイ・エバールをフィーチャーしたグレン・ミラー楽団のブルーバード盤が同年にヒットした。このロマンティックで一途なバラードをダーリンは心を込めて歌っているが、少々力みすぎ。

(11)スプリング・イズ・ヒア
 1938年にロレンツ・ハートが作詞、リチャード・ロジャースが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『アイ・マリード・アン・エンジェル』でデニス・キングとヴィヴィエンヌ・シ−ガルが紹介した。春になっても晴れない心のうちを歌ったメランコリックなバラードで、フレーズの最後を切らずに次のフレーズにつなげるところはシナトラの影響。

(12)プランを変えて
 1924年にロレンツ・ハートが書いた「アイ・ラヴ・トゥ・ライ・アウェイク・イン・ベッド」という歌詞に対してアーサー・シュワルツがメロディーを書いたのがオリジナル。1929年になってハワード・ディーツが新しい歌詞を書いて、レヴュー『ザ・リトル・ショウ』に使われ、1953年のミュージカル映画『バンド・ワゴン』でもフレッド・アステアらによって印象的に歌われた。ディーツ=シュワルツによる作品には、ほかに「あなたと夜と音楽と」「ダンシング・イン・ザ・ダーク」「アローン・トゥゲザー」等々、ほの暗く都会的な名曲が多い。



(2005年5月12日 三具保夫)
上にもどる
 

Copyright (C) シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン:本サイトで掲載の全ての記事・写真の無断転載を禁じます。