『ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート+1』/カート・ライケンバック With a Song in My Heart + 1/Kurt Reichenbach Live In Tokyo + 1Kurt Reichenbach

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

topchronologydiscographyfilmographybest 10interviewsSSJ presentsfan clubshopblogmail

SSJ presents shop

misic bird

amazon

天然石 パワーストーン

 

sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ>『ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート+1』/ カート・ライケンバック

ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート+1』/
カート・ライケンバック
With a Song in My Heart + 1/
Kurt Reichenbach
特別価格
 (XQAM-1511)
原盤:Cellar Door
2007年/ハリウッド  本国アメリカでデビュー作が高く評価された実力派男性シンガー、日本上陸!
>>購入する  

   男性シンガー払底の昨今、俳優でもあるヒップでセクシーなヴォーカリスト=カート・ライケンバックの登場は ビッグ・センセーションだ。高い評価を得たデビュー作『ザ・ナイト・ワズ・ブルー』に続く本作品は、 彼の魅力が十全に発揮されたライヴ録音。尊敬するピンキー・ウィンターズが1曲友情出演している。
 


1. With a Song in My Heart/ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート >>試聴
2. Speak Low/スピーク・ロウ>>試聴
3. All the Things You Are/オール・ザ・シングズ・ユー・アー >>試聴
4. Bittersweet/ビタースウィート>>試聴
5. Endlessly/エンドレスリー>>試聴
6. I'm All Smiles/アイム・オール・スマイルズ>>試聴
7. I Thought About You/アイ・ソート・アバウト・ユー>>試聴
8. Blame It on My Youth/ブレイム・イット・オン・マイ・ユース>>試聴
9. Something in Your Smile/サムシング・イン・ユア・スマイル>>試聴
10. Come Dance With Me/カム・ダンス・ウィズ・ミー>>試聴
11. White Guy Blues/ホワイト・ガイ・ブルース>>試聴
12. I Remember You/アイ・リメンバー・ユー>>試聴
13. When October Goes/ホエン・オクトーバー・ゴーズ>>試聴
14. Flexible/フレキシブル>>試聴
15. Someone to Watch Over Me/サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー>>試聴
 

 

 何だかんだいってもまだまだ男性優位の世の中だが、例外もある。ジャズ・ヴォーカル、スタンダード・ヴォーカルの世界がそれだ。大型レコード店に行けば女性ヴォーカルの新譜が所狭しと並んでいるし、『ジャズ批評』誌第147号(2009年1月号)の「ジャズ・ヴォーカル最新読本」も女性優位を顕著に示している。  
 この特集はヴォーカル・ファンや評論家らに1980年以降にデビューしたヴォーカリストを3人から5名をそれぞれの推薦アルバムとともに挙げてもらうというアンケート企画で、回答者は33名、推薦されたシンガーはのべ145人と同数のアルバムである。内訳は女性歌手がのべ119名、男性歌手が26名だから女性占有率は何と82.パーセントだ。  
 かようにヴォーカル界は男性にとって住みにくい世界だが、かつてはビング・クロスビー、ペリー・コモ、フランク・シナトラ、ナット・キング・コール、メル・トーメといった超ビッグ・スターにして名シンガーたちが存在した。大ベテランのトニー・ベネットは今もがんばっているが、彼らに続く男性シンガーはきわめて少ないし、これぞという新人はなかなか現れない。  

 さて、本アルバムの主役カート・ライケンバックは今最も注目されてしかるべき新人である。とはいえ熟年の世代といっても遅咲きだが、ある程度年齢を重ねないと歌の心を掴み伝えることは難しいという厳粛な事実に照らし合わせるなら、年齢を加えることはポジティヴに考えてよい。
 カートは、ボザノヴァのドラミング奏法のパイオニア的存在だった名手ビル・ライケンバックの次男である。スタン・ゲッツとの共演やチャーリー・バードとの長年にわたるコラボレーションやトミー・ドーシー楽団への参加などで知られるビルの代表作といえば、ゲッツやバード、キータ・ベッツらと共演したアルバム『ジャズ・サンバ』(ヴァーヴ)だろう。カートには3歳半歳年上の兄でトロンボーンの名手ビル・ライケンバック・ジュニアがいる。ビル・ジュニアはフリーランサーとして活躍する一方で、バディ・リッチや秋吉敏子、クインシー・ジョーンズといった有名楽団に参加してきた。
 ワシントンDCで生まれたカートは、The Lotus、The Showboat、The Cellar Door(以前の The Shadows)、The Byrd’s Nest、The King of France Tavern といった有名クラブの楽屋で幼少の音楽形成期を過ごした。そして、エラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラ、ビリー・エクスタイン、キャロル・スローン、ジョアン・ジルベルト、モーズ・アリソンといった錚々たるシンガーたちのリハーサルやステージを間近で目撃する機会に多数恵まれた。
 1961年にチャーリー・バードと南アメリカにツアーした父親のビルはジョアン・ジルベルトのアルバムを数枚持ち帰ってきたが、5歳だったカートはポルトガル語の歌詞を覚えてしまうほどジルベルトのアルバムを何度も何度も繰り返し聴いた。友人たちがエルヴィスやビートルズ、レッド・ツェッペリンに夢中になる中、カートのレコード・コレクションは、デューク・エリントンやカウント・ベイシー、フランク・シナトラ、ジョアン・ジルベルト、ウディ・ハーマン、グレン・ミラー、ドーシー・ブラザースなどのLPやSPで構成されていた。短期間ながらトランペット、トロンボーン、チューバ、ユーフォニアムなどの楽器を習ったが、何よりも歌うことが好きで、アイドルはジョアン・ジルベルト、マット・モンロー、ジミー・スコット、そして最高のヒーローはジャック・ジョーンズだった。

 カートの歌の特徴はまず声にある。艶がありセクシーで、それでいて人懐っこい声といえばいいのだろうか、一度聞くと絶対に忘れられない。声にアイデンティティーがあるいうことはそれだけでシンガーとして優位な立場に立てる。第二の特徴は父親譲りのスイング感だ。きわめてリラックスしながらも、スイングしテンポを揺らしフレーズを刻み変える才能はなかなかのもの。その好例がシナトラのオハコIで、シナトラ節とは違うアプローチはきわめて個性的だ。生来の豊かなエモーションと自身の人生経験が織りなすバラードからは深い味わいが醸し出されているが、Lがその証左である。

 世界先行発売となる本アルバムが日本デビューとなるカートだが、アメリカではすでに多くの音楽関係者から注目されている。東海岸をベースに活躍する評論家のレックス・リードは「目がくらむほどのニュー・スターだ。彼の才能と音楽的な高みを表現する言葉が見つからない」と絶賛する。もうひとりのジャズ評論家クリストファー・ラウドンは、2003年のカートのデビュー・アルバム『ザ・ナイト・ワズ・ブルー』(Nothing But Bills NBB-9112-2)について「過去10年を振り返るに、もっとも衝撃的なデビュー作品のひとつである。彼の力量はカート・エリングやジョン・ピザレリ、カーティス・スタイガーズと肩を並べる」と期待を寄せる。ちなみに、このアルバムにはビル・ライケンバック・シニアとジュニアも共演しているが、2008年5月17日に亡くなったシニアにとってはラスト・レコーディングとなった。

 本アルバムは2007年8月3日にハリウッドの有名なレストランのHollywood Studio Bar & Grill で行われたステージを収録したもので、伝説のシンガー=ピンキー・ウィンターズがゲスト出演してGを披露するほか、兄のビル・ジュニアが2曲(BF)でトロンボーンではなくベース・トランペットという珍しい楽器を吹いている。ショウのラスト・ナンバーはMだったが、この日本盤にはボーナス・トラックとして、同じ年の6月14日にウェスト・ハリウッドで行われたライヴからジェフ・コレッラのピアノとやはり兄のビル・ジュニアのベース・トランペットをバックにしっとりと歌うNが追録されているが、Mのあとに歌われたアンコール曲のようにしっくりとおさまっている。

1. ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート
 1929年にロレンツ・ハートが作詞、リチャード・ロジャースが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『スプリング・イズ・ヒア』で歌われ、1952年の同名の映画(邦題『わが心に歌えば』)ではスーザン・ヘイワードが歌った(ジェーン・フローマンの吹き替え)が、日本では映画『情熱の狂想曲』(1950)のドリス・デイの歌が有名。MCはアルバムの共同プロデューサーのビル・リード。

2. スピーク・ロウ
 1943年にオグデン・ナッシュが作詞、クルト・ワイルが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『ワン・タッチ・オブ・ヴィーナス』でメリー・マーティンとケニー・ベイカーが歌った。

3. エンジェル・アイズ
 オスカー・ハマースタイン2世が作詞、ジェローム・カーンが作曲して、1939年のミュージカル『ベリー・ウォーム・フォー・メイ』で紹介されたラヴ・バラードだが、カートのようにミディアム・スイングで粋な感じを出すシンガーも多い。不安定なところがまったくない素晴らしい歌唱だ。

4. ビタースウィート
 1956年にビリー・ストレホーンが作曲し、歌詞は2001年にロジャー・ショアが書いた。

5. エンドレスリー
 ロサンゼルス在住のソングライターのエフィ・ジョイとトム・カルヴァーによる2007年の共同作品で、カートが気に入って早速歌ったもの。

6. アイム・オール・スマイルズ
 1964年にハーバート・マーティンが作詞、マイケル・レナードが作曲して、翌年のブロードウェイ・ミュージカル『イャーリング』で歌われたが、その前にバーブラ・ストライザンドが歌っている。ワルツ調を崩しながらスイングしていくところがスリリング。

7. アイ・ソート・アバウト・ユー
 1939年にジョニー・マーサーが作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲し、ミルドレッド・ベイリーの歌をフィーチャーしたベニー・グッドマン楽団のヴィクター盤で紹介された。

8. ブレイム・イット・オン・マイ・ユー
 この歌のみピンキー・ウィンターズが歌う。1934年にエドワード・ヘイマンが作詞、オスカー・レヴァントが作曲した。かなりの高齢のピンキーがこういう歌を歌うのは面白いが、新人が100人束になっても敵わない存在感がある。

9. サムシング・イン・ユア・スマイル
 レスリー・ブリッカスが1967年のミュージカル映画『ドリトル先生不思議な旅』のために作詞作曲して主役のレックス・ハリソンが歌ったが、正式公開版ではカットされ、エンディングで演奏される程度だった。カートは「こんなにいい曲が映画からカットしてしまった」と残念がる

10. カム・ダンス・ウィズ・ミ
 シナトラのために、1959年サミー・カーンが作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲した。カートはシナトラとはまったく違うフレージングと乗りで彼らしいヒップなムードで盛り上げる。

11. サム・オブ・マイ・ベスト・フレンズ・アー・ザ・ブルース
 これはカート・ライケンバックの作品。「白人がブルースを歌ってたくさんお金を儲けている。ブルースってそんなもんじゃないだろう」と言って歌いだす、ユーモラスというか皮肉のこもった歌だ。歌詞に出てくる “The Ivy” はLAのトレンディーなレストラン。短い曲で「まだ未完成だよ」と締め括る。

12. アイ・リメンバー・ユー
 1942年にジョニー・マーサーが作詞、ヴィクター・シャーツィンガーが作曲して、同年の映画『ザ・フリーツ・イン』(日本劇場未公開)でドロシー・ラムーアが紹介した。

13. ホエン・オクトーバー・ゴーズ
 ジョニー・マーサーの遺稿を未亡人から買い取ったバリー・マニロウがメロディーをつけて1984年に出版した。人生のたそがれ時の心境を歌ったしみじみとした佳曲。このショウ一番の拍手が沸く。

14. フレキシブル
アメリカでは著名なコメディアン/俳優/ソングライターのマーティン・マルが作詞作曲し、1974年に自らレコーディングしている。マルはユーモラスな曲をたくさん書いている

15. サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー(ボーナス・トラック)
 1926年にアイラ・ガーシュインが作詞、ジョージ・ガーシュインが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『オー、ケイ!』でガートルード・ローレンスが紹介した。

 





2009年2月22日
ビル・リード/三具 保夫
上にもどる
 

Copyright (C) シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン:本サイトで掲載の全ての記事・写真の無断転載を禁じます。