『コートにスミレを』/リンカーン・ブライニー Foreign Affair/ Lincoln Briney

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ>『コートにスミレを』/ リンカーン・ブライニー

『コートにスミレを』/
リンカーン・ブライニー
Foreign Affair/ 
Lincoln Briney
特別価格
 (XQAM-1502)
SSJ 原盤
1994 〜 2006年録音  
>>購入する  

   ジョビンから古いスタンダード、シャーデーからマントラまで、ボサノヴァのリズムに乗せて魅了するスタイリッシュなクール・ヴォイス。粋でセクシーな大型新人歌手の登場だ! ゲストにはビル・フリゼール(g)。 。
 


1. Foreign Affair/フォーリン・アフェア>>試聴
2. Tethered/テザード>>試聴
3. Basame Mucho/ベサメ・ムーチョ >>試聴
4. Gentle Rain/ジェントル・レイン>>試聴
5. Violets For Your Furs/コートにすみれを>>試聴
6. Thinking Out Loud/シンキング・アウト・ラウド>>試聴
7. Haunt Me/ホーント・ミー>>試聴
8. Love Is Stronger Than Pride/ラヴ・イズ・ストロンガー・ザ・プライド>>試聴
9. The Way We Feel Now/ザ・ウェイ・ウィー・フィール・ナウ>>試聴
10. Dreamer/ドリーマー>>試聴
11. Chorado/ショラドュー>>試聴
12. Moon And Sand/ムーン・アンド・サンド>>試聴
13. Modinha/モヂーニャ>>試聴
14. Come Back As A Flower/カム・バック・アズ・ア・フラワー (日本盤ボーナス・トラック)>>試聴
 

大型新人歌手リンカーン・ブライニーの登場

  大型新人歌手リンカーン・ブライニーの登場だ。新人といっても1964年生まれだから今年で42歳、プロ歌手としてのキャリアは今年で20年になるが、ステージ・シンガーあるいはスタジオ・シンガーとして活動してきた。マーク・マーフィーの『ソング・フォー・ザ・ギース』やジャニス・シーゲルの『アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ』のアルバムのバックで歌ったり、映画で何度かソロで起用されてきたが、初のリーダー作である。 日本で先行発売される本作『コートにすみれを』はこつこつと録ってきた録音の中から、特に気に入ったナンバーをチョイスしたもので、一番古い「ジェントル・レイン」等から一番新しい「カム・バック・アズ・ア・フラワー」(2006年)までは12年の開きがあるが、歌やサウンドには一貫性があり、アルバムとしてのまとまりはしっかりとれている。リンカーンの音楽に対する考え方と歌唱力が確かだからだ。 ちなみに、リンカーンは物理的にも大型で、身長は6フィート6インチというから、195センチである。    リンカーン・レイン・ブライニーは、1964年5月5日にサンフランシスコの北450キロに位置する閑静な町ユーレカに生まれた。ブライニーという苗字は大変珍しいが、ドイツ系だという。幼い時からピアノを習い、牧師だった父親の薦めで聖歌隊に入ったが、聞いていい音楽といけない音楽を峻別され、リンカーンの家庭でビートルズは禁止だった。母親はアニタ・カー・シンガーズのファンだったが、リンカーンはもっとモダンなジーン・ピューリングと彼がリーダー的な存在だったハイローズやシンガーズ・アンリミテッドに心を奪われた。  地元の高校を卒業後、コロラド州グリーリーのノーザン・コロラド州立大学でジャズ系のコーラス・グループに所属して、ロジャー・トリースのレコーディングにも参加したが、大学に正式に入学したわけではなかった。そのあとは姉が経営するアラスカのレストランで働いてお金を貯め、1986年から99年までシアトルで過ごした。シアトルではソロ・シンガーとしてクラブで歌いコマーシャルのジングルなどの仕事をして、1999年に活動の拠点をニューヨークへと移した。 そして、2004年にカリフォルニア州に戻り、ワインの産地として知られるナパに居を構えて現在に至っている。


  影響を受けたアーティストの第一はシンガーズ・アンリミテッドで、彼らの歌の解釈や音の重ね方、ハーモニーがリンカーンの音楽の基礎を形成した。好きなソロ・シンガーは、“スピーチ・レベル”で歌う “クワイエット・シンガー”たちで、シャーリー・ホーン、ヘレン・メリル、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルト、マーク・アーモンド、マルコス・ヴァーリ、ニック・ドレイク、ジェリ・サザーンらである。ジャズ・プレイヤーでもスピーチ・レベルがひとつの基準で、マーティ・ペイチやジェリー・マリガン、チェット・ベイカー、クレア・フィッシャーといった音を抑制してリラックスしてプレイするウェスト・コースト派がお気に入りで、リンカーンの歌にはチェット・ベイカーの痕跡を聞く瞬間がある。ソングライターはアントニオ・カルロス・ジョビンと英フォーク系のシンガー・ソングライターのニック・ドレイクである。 音楽を離れたリンカーンを紹介するなら、彼はインテリア・デザイナーとしても相当の腕前を持っており、シアトルやニューヨークの一流事務所でマネージャーもつとめた。また、各地の一流レストランで働き、一流のシェフと交流したことから、アメリカ人の食生活の改善について大きな関心を持っており、自分で食べる野菜は自家栽培している。リンカーンの歌には、デザイナーとしての美意識やナチュラルなものへの関心といったことが強く反映されていると思うが、いかがだろうか?



【 曲目 】

(1)フォーリン・アフェア
 1977年にトム・ウェイツが発表した作品。リンカーン・ブライニーが尊敬するマンハッタン・トランスファーも1979年にアルバム『エクステンションズ』に吹き込んでいる。

2)テザート
 友人であるトム・アンダーソンがリンカーンのために書き下ろしたナンバーで、このトラックにパーカッションで参加している。ポエティックでイマジナティヴな歌詞とメロディーだ。

(3)ベサメ・ムーチョ
 1941年にメキシコのコンスエロ・ベラスケスが作詞作曲し、1943年にサニー・スカイラーが英詞を書いた。最近ではダイアナ・クラールがアルバム『ザ・ルック・オブ・ラヴ』に入れている。

(4)ジェントル・レイン
 「オルフェの唄」の作者ルイス・ボンファの作品で、英詞はマット・デュービー。大変素晴らしい歌曲だが、演奏に比べて歌のレコードは意外と少なく、リンカーンの歌は貴重だ。 ?

(5)コートにすみれを
1941年にトム・アデアが作詞、マット・デニスが作曲して、トミー・ドーシー楽団時代のフランク・シナトラがヒットさせた。ハスキーな高音とセクシーな語り口を生かしたパステル・カラー風のリンカーンは、シナトラが再録音(キャピトル)で創造したクラシカルでほの暗いムードを一掃した。

(6)シンキング・アウト・ラウド
カナダ出身のシンガー=ソングライターのロン・セックスミスが1997年のアルバム『アザー・ソングズ』で発表した作品。レックスミスとアプローチがまったく違う。 ?

(7)ホーント・ミー
クロスオーヴァー・ミュージックの人気グループ、シャーデー1988年のヒット。メンバーのシャーデー・アドゥ、アンドリュー・ヘイル、ステュワート・マシューマンの共作。イントロとエンディングで、16〜17世紀フランスのロベール・ドゥ・ヴィゼ作「小組曲ニ短調」が引用される。

(8)ラヴ・イズ・ストロンガー・ザン・プライド
 これもシャーデー3人による1988年の作品で、彼らのアルバム『ストロンガー・ザン・プライド』で発表された。ハービー・ハンコックも『ザ・ニュー・スタンダード』に吹き込んでいた。 ?

(9)ザ・ウェイ・ウィー・フィール・ナウ
AORのマイケル・センベロとブラジルの歌手エドュ・ファルカンの作品で、アントニオ・カルロス・ジョビンの孫ダニエルがプロデュースしたフュージョン・アルバム『ザ・ブリッジ』からの曲。オリジナルのレコードは非常に騒がしいが、リンカーンは同じ素材から陶酔の世界を創造した。 ?

(10)ドリーマー
 ジョビンが書いたボサノヴァ曲。英詞は「コルコヴァード(静かな夜)」や「ボニータ」のコンビ、ジーン・リーズ。1937年にアーヴィング・バーリンが作詞作曲し、同年公開のミュージカル映画『陽気な街(オン・ジ・アヴェニュー)』でアリス・フェイが歌った。この映画からはディック・パウエルが歌った「恋に寒さを忘れて」も評判になった。 ?

(11)ショラドュー
ポ語で「哀しい」といった意味。リオの大衆詩人アルヂール・ブランクと個性的なギタリスト=歌手=作曲家ギンガが書いた。1992年にセルジオ・メンデスがアルバム『ブラジレーロ』で録音。 ?

(12)ムーン・アンド・サンド
古いアメリカン・スタンダード。1941年にウィリアム・エングヴィックが作詞、アレック・ワイルダーとモーティ・パリッツが作曲したエキゾティックなナンバー。緊張感漲るリンカーンの歌は濃厚なファンタジーに満ちている。

(13)モヂーニャ
 ヴィニシウス・ジ・モラエスが作詞、ジョビンが作曲した。「モジーニャ」の意味は「流行歌」あるいは「民謡」。 ?

(14)カム・バック・アズ・ア・フラワー (日本盤ボーナス・トラック)
最終セッション日に気分が乗ったので、予定外で吹き込んだもの。1979年にスティーヴィ・ワンダーと当時の妻スゥリータ・ライトが共作。 ?




(2006年6月19日 三具保夫)
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