『アット・ロング・ラスト』 /ローズマリー・クルーニー At Long Last/ Rosemary Clooney & The Count Basie Orchestra

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

topchronologydiscographyfilmographybest 10interviewsSSJ presentsfan clubshopblogmail

SSJ presents shop

misic bird

amazon

天然石 パワーストーン

 

sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『アット・ロング・ラスト』/ローズマリー・クルーニー

『アット・ロング・ラスト』 /
ローズマリー・クルーニー
At Long Last/
Rosemary Clooney
& The Count Basie Orchestra
特別価格
 (XQAM-1006)
Concord 原盤
1998年録音 日本初登場
>>購入する  

   大シンガー=ローズマリー・クルーニーと名門バンド=カウント・ベイシー楽団のゴージャスな共演。強烈にスイングするベイシー楽団を正面から受け止め、スイング曲にバラードに情感豊かな歌を展開するロージーはまさに千両役者の佇まい。
 


1. Just In Time/ジャスト・イン・タイム >>試聴
2. Like Someone In Love/ライク・サムワン・イン・ラヴ>>試聴
3. Willow Weep For Me/ウィロー・ウィープ・フォー・ミー>>試聴
4. Lullaby Of Broadway/ブロードウェイの子守唄>>試聴
5. Old Devil Moon /オールド・デヴル・ムーン>>試聴
6. Everything Happens To Me/エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー>>試聴
7. I Want To Be A Sideman/アイ・ウォント・トゥ・ビー・ア・サイドマン>>試聴
8. In The Wee Small Hours Of The Morning/イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ >>試聴
9. How About You/ハウ・アバウト・ユー (バリー・マニロウとのデュエット)>>試聴
10. The Man That Got Away/行ってしまった男>>試聴
11. Seems Like Old Times/シームズ・ライク・オールド・タイムズ>>試聴
12. Guess I'll Hang My Tears Out To Dry/涙にぬれて>>試聴
13. It Just Happened To Happen To Me/イット・ジャズト・ハプンド・トゥ・ハプン・トゥ・ミー>>試聴
14. I Got Rhythm/アイ・ガット・リズム>>試聴
15. Gypsy In My Soul/ジプシー・イン・マイ・ソウル>>試聴
16. If Swing Goes I Go Too/イフ・スイング・ゴーズ・アイ・ゴー・トゥー>>試聴
 


 
  
 1998年と少々昔のことだが、直輸入された『アット・ロング・ラスト』(コンコード CCD-4795)を大型レコード店で見つけた時は、まさにタイトル通り「ああ、やっと実現した!」とひどく嬉しい気持ちになったことを思い出す。コンコード・レコード設立25周年記念として発表された本作はヴォーカル界の大スターとビッグバンドの雄が初めてレコードで共演したゴージャズな作品である。
  ロージーとベイシー楽団はそれまで何度かステージでは共演していたが、レコーディングの機会はなぜかなかった。御大ウィリアム・ベイシーが1984年に亡くなったあとは、サド・ジョーンズ、フランク・フォスター、グローヴァー・ミッチェル、そして現在のビル・ヒューズと、ベイシー楽団に長く在籍した有能なミュージシャンがリーダーとなってワン・アンド・オンリーのベイシー・サウンドを今日に継承していることはご承知の通りだが、同時に昔からヴォーカリストとの共演にも熱心で、バンド付のジミー・ラッシングやジョー・ウィリアムズはもとより、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、メル・トーメ、トニー・ベネット、サミー・デイヴィス・ジュニア、ミルス・ブラザースほか、ビッグバンドとの競演が映える数々の一流シンガーたちをスイングさせてきた。故に、ロージーとのレコーディングも必然ではあったのだ。
   ローズマリー・クルーニーの側から見ても、やはりベイシー楽団との共演は確かに遅かった。ロージーのビッグバンドとの共演レコードは、本格的なデビューとなったトニー・パスター楽団との1946年に始まり、ハリー・ジェームス楽団との『ハリウッズ・ベスト』(1952年・コロンビア CL-6224)、デューク・エリントン楽団との『ブルー・ローズ』(1956年・コロンビア CL-872)、ウディ・ハーマン楽団との『マイ・バディ』(1983年・コンコード CJ-226)などがあるが、特筆すべきは、デューク・エリントンが専属以外の歌手と初めてレコーディングしたのがローズマリー・クルーニーだったということである。さらに、1983年のオーレックス・ジャズ祭では、来日直前に亡くなったハリー・ジェームスに代わって出演したレス・ブラウン楽団とライヴ・レコードと映像(共に東芝EMI)を残した。ほかにも、1955年にベニー・グッドマンとの10インチ・アルバム『デイト・ウィズ・ザ・キング』(コロンビア CL-2572)で3曲共演するなど、キャリアの初期から積極的にジャズ・ミュージシャンとの共演盤を残してきた。

  『アット・ロング・ラスト』が発表された翌年1999年の8月にコンコード・パビリオン(カリフォルニア州コンコード市)で行われたコンコード・ジャズ祭のトップ・ビリングはローズマリー・クルーニーとカウント・ベイシー楽団だった。筆者は幸いにもこのステージを目の当たりにすることが出来たが、圧倒的な音圧でスイングするベイシー楽団に対峙するロージーの歌や立ち振る舞いは泰然自若、横綱の風格と風情があった。ロージーの歌はスキャットを矢継ぎ早に繰り出すわけでもなければ切っ先鋭くアタックするわけでもない。あくまで歌詞を慈しむように扱い、名編曲者ネルソン・リドルが云う「鼓動のテンポ」の上にメロディーを重ねていく正統的なアメリカン・ポピュラー・クラシックスの唱法である。その彼女がスイングの王様、ジャズのスピリットを体現したカウント・ベイシー楽団と相性がいいのだから面白い。ロージーの歌詞への深い洞察と山あり谷ありの人生から滲み出た円熟した歌は、シンプルというキーワードによってベイシー楽団と深いところでしっかりと結びついている。歌はシンガーの人となりを映し出す。「歌は人間力である」ということを改めて感じさせてくれたステージだったが、このアルバムもまた然りである。



 
 

 
   
【パーソネル】
ローズマリー・クルーニー(vo)、グローヴァー・ミッチェル(ldr)、テレンス・コンリー(p)、ジョン・オドー(p, @BD〜MO)、ジェームス・リアリー(b)、ブッチ・マイルス(ds)、ウィル・マシューズ(g)、ジョン・ケルソン(as, fl)、ケニー・ヒング(ts, cl)、ブラッド・リアリー(as)、ダグ・ミラー(ts, fl, cl)、ジョン・ウィリアムズ(bs, bcl)、デイヴィッド・カイム(tb)、クラレンス・バンクス(tb)、ウィリアム・ヒューズ(btb)、アルヴィン・ウォーカー2世(tb)、マイケル・ウィリアムズ(tp)、スコティ・バーンハート(tp)、ショーン・エドモンズ(tp)、ボブ・オハイダ(tp)、ゲスト・ヴォーカリスト:バリー・マニロウ(vo H)、ゲスト・プレイヤー:ゲイリー・フォスター(ts F)
【アレンジ】
ジョン・オドー(@BDFGHILMN)、アラン・ファーガスン(AEN)、ピーター・マッツ(CJK)、アール・ブラウン(Hのヴォーカル・パート)

 
 



【 曲目 】

(1)ジャスト・イン・タイム
 1956年のブロードウェイ・ミュージカル『ベルズ・アー・リンギング』のためにベティ・カムデンとアドルフ・グリーンが作詞、ジューリィ・スタインが作曲して、ソール・チャップリンとジュディ・ホリデイによって歌われた。1960年公開のディーン・マーティンとジュディ・ホリデイの映画化は日本では劇場未公開だが、現在DVDで観ることができる。ピアノ・ソロはロージーの音楽監督&アレンジャーのジョン・オドー。

2)ライク・サムワン・イン・ラヴ
 ビング・クロスビーの映画に多くの曲を提供したジョニー・バーク(詞)とジミー・ヴァン・ヒューゼン(曲)のコンビによる作品。ランドルフ・スコットが主演した1944年公開のウェスタン・ミュージカル映画 “Belle Of The Yukon”(本邦劇場未公開)でダイナ・ショアが歌った。ソロはケニー・ヒング(ts)とボブ・オハイダ(tp)。

(3)ウィロー・ウィープ・フォー・ミー
 
ジョージ・ガーシュインとも親しかったアン・ロネル女史が1932年に作詞作曲した悲痛なブルー・バラードで、アイリーン・テイラーをフィーチャーしたポール・ホワイトマン楽団のヴィクター盤がヒットした。ソロはショーン・エドモンズ(tp)とアルヴィン・ウォーカー2世(tb)。

(4)ブロードウェイの子守唄
 1935年のミュージカル映画『ゴールド・ディガース36年』のためにアル・デュービンが作詞、ハリー・ウォーレンが作曲し、アカデミー主題歌賞を受賞した。1951年にはズバリ “Lullaby Of Broadway”(本邦劇場未公開)というミュージカル映画が作られ、ドリス・デイが歌った。2分40秒あたりで「ニューヨーク・ニューヨーク」の一節が引用される。バリトン・サックスのオブリガートはジョン・ウィリアムズ。 ?

(5)オールド・デヴル・ムーン

  1946年にエドガー・イップ・ハーバーグが作詞、バートン・レインが作曲して、翌年のブロードウェイ・ミュージカル『フィニアンの虹』で紹介された。フランシス・コッポラが監督し、フレッド・アステア最後のミュージカル映画となった1968年の映画化ではペトゥーラ・クラークとドン・フランクスが歌った。ミュート・トランペットはボブ・オハイダ(tp)。 ?

(6)エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー
 
1941年にトム・アデアが作詞、マット・デニスが作曲し、フランク・シナトラをフィーチャーしたトミー・ドーシー楽団のヴィクター盤で紹介され大ヒットとなった。ほろ苦い悔悟が込められた難曲だが、人生の苦難を乗り越えたロージーだけに説得力がある。ソロはマイケル・ウィリアムズ(tp)とジョン・ウィリアムズ(bs)。 ?

(7)アイ・ウォント・トゥ・ビー・ア・サイドマン
 
ヒップでウィットに富んだピアノの弾き語りとしてニューヨークのキャバレー・シーン(日本のキャバレーをイメージしてはダメ。サパークラブといえばいいのか)を中心に活躍するデイヴ・フリシュバーグの作品。1997年に録音され翌年リリースされた彼のアルバム『バイ・ヒムセルフ』(アーボーズ)で紹介された。ソロはスコティ・バーンハート(tp)とゲイリー・フォスター(ts)。

(8)イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ
 ナット・キング・コールを念頭に1955年にボブ・ヒリアードが作詞、デイヴ・マンが作曲したが、シナトラのブルー・バラード集(キャピトル)のタイトル曲となった。ロージーはシナトラが歌わなかったヴァースから入る。ソロはショーン・エドモンズ(tp)とケニー・ヒング(ts)。 ?

(9)ハウ・アバウト・ユー (バリー・マニロウとのデュエット)
  カウント・ベイシー楽団最大のヒット「パリの四月」のイントロが聞こえてくるので喜んでいると、♪I like New York in June…♪ と始まって肩透かしを食わされる。1941年にラルフ・フリードが作詞、バートン・レインが作曲して、翌42年のミュージカル映画『ブロードウェイ』でジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニーが歌いアカデミー主題歌賞にノミネートされた。ロージーはバリー・マニロウを迎えて掛け合いで歌う。間奏部のソロはケニー・ヒング(ts)。 ?

(10)行ってしまった男
 1954年のミュージカル映画『スター誕生』でジュディ・ガーランドが歌った感動的なナンバーで、この年のアカデミー主題歌賞にノミネートされた。作詞はアイラ・ガーシュイン、作曲はハロルド・アーレン。シナトラのキャピトル盤がヒットチャートの21位、ジュディのコロンビア盤が22位にランクされた。ミュート・トランペットはショーン・エドモンズ。?

(11)シームズ・ライク・オールド・タイムズ
 
1920年代から40年代を中心に活躍したカナダ出身のバンドリーダー、ガイ・ロンバードの弟カーメン・ロンバードがジョン・ジェイコブ・ローブと共作した1946年の歌で、スイート・ダンス・バンドの王者ガイ・ロンバード楽団のデッカ盤とヴォーン・モンローのヴィクター盤がヒットチャートの7位にランクされた。ソロはケニー・ヒング(ts)。 ?

(12)涙にぬれて
 
1944年のブロードウェイ・ミュージカル『グラッド・トゥ・シー・ユー』のためにサミー・カーンが作詞、ジューリィ・スタインが作曲して、ハリー・ジェームス楽団のコロンビア盤とダイナ・ショアのヴィクター盤がヒットした。ソロはクラレンス・バンクス(tb)。

(13)イット・ジャスト・ハプンド・トゥ・ハプン・トゥ・ミー
  聞いたことのない曲だが、ニック・クルーニーが作詞作曲して、ヴォーカル・アレンジャーのアール・ブラウンが手を加えたという。ニック・クルーニーはロージーと6歳違いの弟で、著名なTVのパーソナリティー/コラムニスト。俳優のジョージ・クルーニーは彼の息子である。ロージーはジョージがスターになるきっかけとなった連続TV番組『ER』にゲスト出演したこともある。

(14)アイ・ガット・リズム
  1930年にアイラ・ガーシュインが作詞、ジョージ・ガーシュインが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『ガール・クレイジー』でエセル・マーマンが歌い、1943年の映画版(本邦劇場未公開)ではジュディ・ガーランドが歌った。前半のSP音的な部分は無名時代の1946年に吹き込んだデモ・レコードで、ブッチ・マイルズ(ds)の一撃でカウント・ベイシー楽団との新録音へと移る。ソロはブラッド・リアリー(as)。

(15)ジプシー・イン・マイ・ソウル
  1937年にモー・ジャフィが作詞、クレイ・ボーランドが作曲したナンバーで、『フィフティ・フィフティ』というレヴューで紹介された。ソロはボブ・オハイダ(tp)。この歌のベストはエラ・フィッツジェラルド(ヴァーヴ)だと思うが、ロージーの歌もエラに匹敵する出来栄えだ。

(16)イフ・スイング・ゴーズ・アイ・ゴー・トゥー
  タップを踏みたくなるような粋な前奏で始まるが、作詞作曲はあのフレッド・アステア。1946年のミュージカル映画『ジーグフェルド・フォリーズ』で歌い踊るために作られ撮影されたが、カットされてしまった。そのシーンは現在この映画のサントラCD(ライノ)で聴くことができる。ソロは順にジョン・オドー(p)、ボブ・オハイダ(tp)、ケニー・ヒング(ts)。トニー・ベネットも吹き込んでいる「ライフ・イズ・ビューティフル」や「シティ・オブ・ジ・エンジェルズ」もアステアの作品である。



(2006年5月21日 三具保夫)
上にもどる
 

Copyright (C) シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン:本サイトで掲載の全ての記事・写真の無断転載を禁じます。