『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』/ペリー・コモ  And I Love You So/Perry Como

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』/ペリー・コモ  And I Love You So/Perry Como 

フランク・シナトラ Frank Sinatra CD SSJ presents

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

topchronologydiscographyfilmographybest 10interviewsSSJ presentsfan clubshopblogmail

SSJ presents shop

misic bird

amazon

天然石 パワーストーン

 

sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』 /ペリー・コモ


特別価格
『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』/
ペリー・コモ
And I Love You So/
Perry Como
特別価格
 (XQAM-1001)
RCA 原盤 ⇒ BMG
1973年録音 紙ジャケ初登場
>>購入する  

   大ヒット「アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー」を筆頭に、「やさしく歌って」、「幸せの黄色いリボン」ほか1970年代の名曲を取上げ、50万枚以上を売ってゴールド・ディスクとなったペリー・コモ最大のヒット・アルバムを20年ぶりに復刻! 
 


And I Love You So/アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー >>試聴
Killing Me Softly With Her Song/やさしく歌って >>試聴
For The Good Times/心の想い出(フォー・ザ・グッド・タイムズ)>>試聴
Aubrey/オーブリー>>試聴
Sing/シング>>試聴
I Want To Give/アイ・ウォント・トゥ・ギヴ>>試聴
Tie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree/幸せの黄色いリボン>>試聴
I Thought About You/あなたへの追憶>>試聴
It All Seemed To Fall Into Line/イット・オール・シームド・トゥ・フォール・イントゥ・ライン>>試聴
I Believe In Music/アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック>>試聴
 

ペリー・コモ最後の名盤、20年ぶりの復刻

 
  本作『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』(RCA APL1-0100)は1973年に普通のステレオと4チャンネル・ステレオで録音・発表されたアルバムで、日本でも時を経ずしてリリースされた。CD化は日本が一番早く1986年8月で、ペリー・コモのオリジナル・アルバムとしては世界初のCD化だったと記憶している。今回はそれからちょうど20年ぶりの再登場ということになる。  
   ペリー・コモがビルボード・チャートのトップ10に送り込んだレコードは50曲ある。また、アルバム単位でみれば、ジャズの香りが漂う『コモ・スイングズ』(1959年・LPM/LSP-2010)やボサノヴァやラテン曲を歌った『ライトリー・ラテン』(1966年・LPM/LSP-3552)あたりは何度もリリースされてきた人気盤だが、ヒット曲を冠した1971年の『イッツ・インポッシブル』(LSP-4473)や『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』といった後年のアルバムはそれ以上の広がりをみせた。古いスタンダードやジャズっぽい歌を好むファンにとってペリー・コモといえば爽快感あふれる「ハロー・ヤング・ラヴァーズ」やしっとりと歌う「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」かも知れないが、現時点で最もポピュラーな曲を挙げるなら「アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー」ではなかろうか。例えば、最近レパートリーが充実してきた洋楽カラオケのペリー・コモの定番は「アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー」である。それはフランク・シナトラの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」対「マイ・ウェイ」の構図とよく似ている。


ペリー・コモ最大のヒット・アルバム

 
 ペリー・コモ後期のヒット曲といえば「イッツ・インポッシブル」と「アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー」だが、ともにその曲を冠したアルバムも作られ、シングル同様よく売れた。前者がアルバム・チャートの22位まで上昇したのに対し、後者は最高34位にとどまったもののロングセラー、ベストセラーとしては後者に軍配が上がる。『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』は当時50万枚以上のセールスを記録した。長年にわたってコンスタントに売れるクリスマス・アルバムを別にすれば、ペリー・コモにとって唯一のゴールド・ディスクである。
  『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』のレコーディング・セッションは1973年1月15日の「アイ・ウォント・トゥ・ギヴ」に始まり、4月4日の「アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック」で終わる。ディスコグラフィーをよく見ると、1月15日から19日までの5日間に12曲が吹き込まれている。しかし、アルバムに採用されたのは15日のE、16日のH、17日の@とGのわずか4曲で、「アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー」とのカップリングでシングル・リリースされた1月17日の「ラヴ・ルックス・ソー・グッド・オン・ユー」を除く他の7曲はオクラのままである。
  レコーディングはチェット・アトキンスのプロデュースによりRCAのナッシュビル・サウンド・スタジオで行われたことや曲の種類から見て当初はカントリー風のアルバムを企画していたことが読み取れる。が、途中で軌道修正したのだろう、3月26日にはFDBが続く27日にはACIが録音された。これら6曲からは、このアルバムをより幅広い層にアピールするものにしたいという意図が汲み取れる。
  なお、1月の4曲中E@Gは1月19日に、3月の6曲は4月4日にオーヴァー・ダビングが施された。





【 曲目 】
(1)アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー
「アメリカン・パイ」で一躍その名を轟かせたシンガー・ソングライターのドン・マクリーンが1970年に発表したナンバー。自演盤は評判にならなかったが、1971年にボビー・ゴールズボロのユナイト盤がビルボード・チャートの83位にランクされたあと、1973年にペリー・コモのこのレコードが29位にランクされるヒットとなった。エディ・アーノルド、ハリー・ベラフォンテ、ジョニー・マティス、シャーリー・バッシー、さらにエルヴィス・プレスリーもカバーしている。6月4日にはスペイン語でレコーディングしているが、未発表

(2)やさしく歌って
ロバータ・フラック1973年の大ヒット。彼女のアトランティック盤がビルボード・チャートのトップに5週間君臨してミリオンセラーを記録し、グラミー賞では最優秀レコード賞と歌曲賞、女性ポップ・ヴォーカル賞に輝いた。もとは1972年にローリ・リーバーマンのためにノーマン・ギンベルが作詞、チャールズ・フォックスが作曲したナンバーで、彼女のRCA盤で紹介された。

(3)心の想い出(フォー・ザ・グッド・タイムズ)

カントリー系のシンガー・ソングライターのクリス・クリストファーソンが1968年に作詞作曲した曲で、1970年にレイ・プライスのコロンビア盤がビルボード・チャートの11位にランクされるヒットとなり、グラミー賞で最優秀カントリー男性歌唱賞を受賞した。カントリー臭がないので、コモをはじめフランク・シナトラやディーン・マーティン、アンディ・ウィリアムズ、ジョニー・マティス、ダイナ・ショアら、スタンダード・シンガーも取り上げている。

(4)オーブリー
ブレッドのエレクトラ盤が1973年にビルボード・チャートの15位にランクされたヒット曲で、ブレッドのリード・シンガーのデイヴィッド・ゲイツが1972年に作詞作曲した。デイヴィッド・ゲイツはほかにも、「メイク・イット・ウィズ・ユー」や「イフ」といった美しいメロディーを書いている。

(5)シング
ジョー・ラポーゾ1971年の作品で、人気TV番組『セサミ・ストリート』で1972年に紹介された。1973年にカーペンターズのA&M盤がビルボード・チャートの3位にランクされ、ミリオンセラーを記録した。

(6)アイ・ウォント・トゥ・ギヴ
ジョー・ラポーゾ1971年の作品で、人気TV番組『セサミ・ストリート』で1972年に紹介された。1973年にカーペンターズのA&M盤がビルボード・チャートの3位にランクされ、ミリオンセラーを記録した。6月4日にはスペイン語でレコーディングしているが、未発表

(7)幸せの黄色いリボン
1972年にアーウィン・レヴィーンが作詞、L・ラッセル・ブラウンが作曲して、翌73年にトニー・オーランド&ドーンのベル盤が4週ビルボード・チャートのトップに立ち、ミリオンセラーとなった。グラミー賞では最優秀歌曲賞とヴォーカル・グループ賞にノミネートされた。シナトラやディーン・マーティンも吹き込んでいる。

(8)あなたへの追憶

ローランド・E・マックラウンが作詞作曲したナンバーで、カントリー系のメル・テリスが1971年にMGMに吹き込んだ。「アイ・ソート・アバウト・ユー」といえば、ジョニー・マーサーとジミー・ヴァン・ヒューゼンが作った1939年の歌のほうがはるかに有名ではある。

(9)イット・オール・シームド・トゥ・フォール・イントゥ・ライン
ジョニー・マティスの大ヒット「イッツ・ノット・フォー・ミー・トゥ・セイ」を書いたベテランのアル・スティルマンが作詞、「ロカフラ・ベイビー」「ムーンライト・スイム」「アカプルコの海」ほかプレスリーにも多くの曲を提供したベンジャミン・ワイスマンが作曲した。

(10)アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック
カントリー系のシンガーでありソングライターのマック・デイヴィスが1970年に書いた歌で、1972年にデトロイト出身のソフトロック・グループのギャラリーによるサセックス盤がヒットチャートの22位につけるヒットとなった。

編曲は@EGH、つまり1月のセッションはキャム・マリンズが担当し、他の6曲はバーゲン・ホワイトが担当した。

なお未発表の7曲は次の通りである。
  1月15日: Reach Out Your Hand(18日ダビング)
  1月16日: If I Never Had Loved You, Take A Look At Me, Without Your Love, He Couldn’t Love You More
  1月17日: It Was Such A Good Day, Take Me Home(18日ダビング)


新星堂上大岡店の鈴木伸男さんからのご指摘により、ピンク字の部分を訂正します。                  
  @E このアルバムが発売され暫くしてから、NYCの Arcano というレーベルからシングル盤でリリースされました。
  A   ローリ・リーバーマンのレコードはキャピトル盤でした。





(2006年6月15日 三具保夫)
上にもどる
 

Copyright (C) シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン:本サイトで掲載の全ての記事・写真の無断転載を禁じます。